生前整理で見つめなおす自分,そして人生

生前整理ってなんだろう?

生前整理普及協会の「生前整理アドバイザー2級講座」を受けてきました。
この講座を受ける前,私は,生前整理を「お片付け」だと思っていたんですね。
でも,全然違っていました。

講師の讃岐峰子先生(右)と筆者

どう違っていたのかというと,生前整理とは,もっと幅広くて,奥が深いものでした。

もっとも,講座の時間の半分はお片付けのコツを教えてくれます。
例えば,物を整理する際は,畳2畳分くらいのビニールシートをビニールテープなどで4つに区切ったものを用意するとよいのだとか。
4つの枠ははそれぞれ「いる」「いらない」「迷い」「移動」に分類します。
今使っているものと将来使うことがはっきりしているものは「いる」に。8秒迷ったら「迷い」に。その場所で使用していない物,思い出の物として残すと決めた物は「移動」の枠に入れます。「迷い」は半年後に見直します。

4分類なので,「ときめくか,ときめかないか」の2択を厳しく迫る「こんまり流お片付け」よりもずいぶんソフトです。
そして,思い出の物はみかん箱大の「思い出箱」に入れる。「みかん箱」の大きさがポイントです。この大きさは管理が行き届く大きさですし,病院でも,施設でも,どこの収納でも入る大きさなのだそうです。自分にとって最も大事な思い出の物を,どこにでも持っていけるということですね。
(ただし,これに入らなかったものを捨てなければならないというわけではないそうです。)

片付けの際の4分類

自分にフォーカスするエターナルノート

さて,ここまでは想定していたとおりの生前整理の話だったのですが,後半,「エターナルノート」なるものの記述に発展していきます。

筆者が書いた「現在の私の振り返り」のページ

この「エターナルノート」は自分の「死」をイメージして記述するノートで,いわゆる「エンディングノート」によく似ています。自分の人生を振り返るところから入るのはどちらも同じなんですが,そこからフォーカスする部分が違うんですね。「エンディングノート」は自分以外の他人に読んでもらうことを主な目的として書くもので,それはたいへん重要な意義をもつものですが,「エターナルノート」は徹底的に自分のためのノートという印象を受けました。

ノートの中身の一例ですが,「3年後の自分の葬儀をプロデュースする」というページがあります。ここで自分の葬儀で紹介される故人のエピソードや人柄を書きなさいと言われます。まあ,葬儀の際に悪口を言われるなんてことはふつうはないわけで,自画自賛することになります。「〇〇さんは太陽の下のひまわりの花のように強く明るい人でした」なんてシナリオを書くわけです。
そこで表れる自分像とは何か。自分の理想とする姿なんですね。

人生でやり残したことをリスト化

別のページでは,自分が3年後に死ぬとして,やりたかったのにできなかったことを挙げていきます。その後のページでは,そのできなかったことをいつまでにやるのか決めていきます。これを書くと不思議なことに本当にやろう!という意欲が湧いてきます。

「エターナルノート」を書いていて気づかされたのは,「生前整理」とは,単なる物の整理にとどまらず,心と生き方の整理であるということ。死を意識することによって,生が有限であることに気付き,限りある人生をこれからどう生きるのかを考えることにつながるんですよね。

 

終活カウンセラーと生前整理アドバイザー

終活カウンセラーの講座を受講すると,エンディングノートを書くことはよりよく生きることにつながる,と教わります。そして実際に自分でもエンディングノートを書くのですが,なぜ「よりよく生きることにつながる」のか,ストンと腹に落ちなかった人もいるのではないでしょうか(実は私はそうでした)。しかし,これは死を意識することによって人生にゴールがあることに気付くと,必然的にこれからの人生をどう生きるか考えることになるのだと,生前整理という視点を通して実感することができました。

「エターナルノート」は,徹底的に自分にフォーカスするため,そのメッセージをダイレクトに受け取ることができるのだと思います。実務的,実用的なエンディングノートの講座よりも,自己啓発っぽいカラーが強く,どんな立場の人でも比較的取り組みやすいのではないかと思いました。

それにしても,エンディング産業いろいろですね。昭和天皇が亡くなった時のことをよく覚えている私としては,死を語ることがタブーではなくなったことが,平成の時代における日本人の大きな意識の変化の1つであるように感じるのですが,みなさんはどう思われますか。