遺言書を作ったほうがよい人

 

「財産は自宅くらいしかないので遺言書を作るほどではありません」とおっしゃる方はたくさんいます。しかし,相続財産の大半を不動産が占めており,相続人が複数いる場合,かえってトラブルになる可能性が大きいのです。

<事例>
Aさん一家は,高齢のAさんのお母さんと一緒に,お母さんが所有する家に住んでいましたが,お母さんは自宅である土地建物(4000万円)と預貯金(200万円)を残して亡くなりました。
相続人はAさんと離れて暮らす弟さんだけです。Aさんは,お母さんが生前,「この家はAに残す」と言っていたこともあり,Aさんは,不動産は自分が相続し,弟さんが預貯金をすべて相続するのが良いだろうと考え,弟さんに話をしました。
弟さんはいったん納得して帰りましたが,後日,弟さんから電話がかかってきました。
「兄さんが不動産を相続して自分は預貯金を相続することで構わないが,その代わり兄さんから代償として現金1900万円支払ってもらいたい」とのことでした。
「そんな金を払えるわけないだろう!!」Aさんは激怒して電話を切りました。

さて,なぜこのようなことになってしまったのでしょうか。
Aさんは,弟さんと協議をして,法定相続分(民法で定められた相続の割合)とは異なる割合で相続をしようと考えていました。もちろん弟さんが合意してくれればそれは可能です。
しかし,相続人が複数の子どもだけの場合,法定相続分(民法で決められた相続の割合)は等分になります。つまり,この例の場合,Aさんと弟さんの法定相続分はそれぞれ2分の1ずつとなります。
弟さんは,本来,自分も2分の1の財産(2100万円相当)を相続する権利があるのだから,それに足りない分はAさんから現金で支払ってほしいと主張しているのです。

不動産の共有はおすすめできない

このような場合,相続財産である不動産を複数の相続人の共有にするという方法が考えられます。
しかし,これはあまりおすすめできません。
なぜなら,不動産を共有すると,売却するのも,リフォームするのも,共有者の同意が必要となるからです。

最初はなんとかなるかもしれませんが,共有者が亡くなって,次の相続が発生するとさらに共有者が増え,売却に反対する人や,連絡がつかない人が出てくる可能性が高まります。
また,その不動産に住んでいる共有者は,住んでいない別の共有者から,「家賃を払ってくれ」なんて言われることもあり得ます。

遺言を作るのがよいが,問題は残る。

遺言者は自分が亡くなった後に財産をどのように相続させるかを決めることができます。Aさんのような場合は,お母さんが元気なうちに「不動産はAさんに相続させる」旨の遺言を作成してもらうべきであったと思われます。

しかし,この場合でも気を付けなければならないことがあります。それは「遺留分」です。

遺留分とは,一定の相続人のために,相続に際して法律上取得することが保障されている遺産の一定の割合のことをいいます。遺留分を請求することができる人(「遺留分権利者」といいます。)は,子や孫などの直系卑属,配偶者,親などの直系尊属で,兄弟姉妹は請求できません。

<遺留分の計算の仕方>
★総体的遺留分(遺留分権利者全体の遺留分)
直系尊属のみが相続人の場合 3分の1
その他の場合(相続人が子,配偶者,配偶者と直系尊属など)2分の1
★個別的遺留分(実際に請求できる遺留分)
「総体的遺留分」に各自の法定相続分を乗じたもの。

本件の事例の場合,弟さんの個別的遺留分は,
総体的遺留分2分の1×弟さんの法定相続分2分の1=4分の1になります。

すなわち,お母さんが「不動産のすべてをAさんに相続させる」という遺言を残しても,弟さんは,最低限の額として遺産の4分の1相当分を請求することができます。

この権利は,行使するのも,放棄するのも,権利者の自由です。ですから,このケースでは,弟さんが納得さえしてくれれば,Aさんは単独で不動産を相続することができます。しかし,権利を放棄するかどうかは,あくまで権利者の意思次第で,権利者以外の人がどうこうできるものではありません。

できるだけトラブルを防止する方法

このような場合,遺言に「遺留分の請求をしないでほしい」旨の付言事項をつけて,遺産を得ることができない法定相続人を心情的に納得させる試みがなされることがあります。付言事項はあくまでメッセージにすぎず,法的効力はありませんが,遺言者がそのように望む理由や遺族への心情をも遺言に残すことで,トラブルを防止できるかもしれません。

しかし,最も効果的なのは,元気なうちに財産をどのようにするか,家族で話し合うことです。「終活に関する意識調査」でも,今後やりたいことの上位に「家族で話し合う」が入っていましたが,これは本当に大事なことです。
遺産を得ることができない法定相続人としては,初めて遺言を見たときに受ける心理的ショックは大きなものです。ですから,予めお互いに話し合って納得した上で,遺言書を作るのが理想的です。
本件でも,お母さんから,同居して面倒を見てくれたAさん家族への思いや配慮を話してもらい,予め財産をどう分けるか,弟さんも含めて話し合った上で遺言書を作成することができればよかったのではないでしょうか。

また,このような場合,家庭裁判所の許可を得て,相続の開始前(被相続人の生存中)に,将来相続が開始した場合に遺留分を主張しないという意思表示(遺留分の放棄)をすることができますので,弟さんにそうしてもらうことができればベストです。